幕末史
●去年はNHKの連続ドラマ「篤姫」が未曾有の視聴率を上げたという。そんな時代を、「昭和史」という名著がある半藤一利が、幕末について本を書いた。と言ってもこれは慶應丸の内シティキャンパスの特別講座として12回にわたっておしゃべりした内容をまとめたもなので、聴衆に話しかけることばで書かれている。そのため解りやすい。 黒船来航から西南戦争までの25年間を描いたものだが、歯に衣を着せない語り口が気持ちいい。ペリー来航では、教科書では狂歌「太平の眠りをさます上喜撰 たった四はいで夜も寝られず」 と紹介したり、ペリーがアメリカ大統領の親書を幕府に渡した事くらいの事実しか触れていない。しかし半藤さんの本を読むと、ペリーの駆け引きや幕府の役人たちの対応がおもしろく描かれている。教科書はどうも事件の羅列で終わってしまって、そこに人間の心理や思考の推移といったものが抜け落ちている。だから教科書を見ている限りは得る所が少ないのだろう。小説家が描く歴史場面は、歴史的事実に想像を膨らませて、登場人物の心の描写を、背景描写とともに事細かに追っていく。もちろん、この過程で作り事が入り込んでしまうだろう。これはある程度仕方がない。読者が少し批判的に読み込むしかないだろう。といってもその批判が正しいことは保証されない。これも想像の粋を出ないからだ。 江戸から明治という時代の移り変わりの時期は、簡単にこれこれだとすっきりとまとめられるものではない。それを無理やりまとめると教科書的になってしまう。どうしてそうなるかがいまいち解らず事実の連鎖だけで終わってしまうだろう。しかし半藤さんの本を読むと、事実はもっとどろどろしたもので人間くさい。明治維新というが、はっきりと未来像を描いて江戸から明治に移行したのではないことがわかってくる。言葉は悪いが、行き当たりばったり的な要素も多分に含まれていた。しかし、これでこそ人間の歴史というものではないのだろうかとも思う。 少し長いが、半藤さんのあとがきの一部をここに掲載しておこう。この本の目指すところが良く分かるからだ。 『本書の主題は「はじめの章」に書いたとおりである。小学生時代に仕込まれたいわゆる皇国史観(すなわち薩長史観であると思うが)に少々の異議をさし挟みたいのである。戊辰戦争で賊軍となった諸藩が、薩長からつきつけられた要求には徳川家を裏切れという倫理的課題と、法外な金銭的要求とが入っている。もっと大きくいえば、要するに屈辱的な薩長の隷属藩になれということであった。これに義を重んずるサムライが黙って従うわけにはいかない。こうして戦争になったが、東軍の諸藩が弓を引いたのはあくまで薩長土肥にたいしてであって、天皇にたいしてではない。それなのに、西軍の戦死者は残らず靖国神社に祀られて尊崇され、東軍の戦死者はいまもって逆賊扱いでひとりとして祀られることはない。靖国問題が騒がれたとき、そのことの不条理を一所懸命に訴えたが、だれにも気にもとめてもらえなかった。歴史は公正でなければならないのに、いまだに薩長史観が世に罷り通っているのは残念でならない。いまにして思うと、その無念さを晴らしたくて長時間のおしゃべりをしたまで、なのかもしれない。 さらに、くり返しになるけれども、幕末から明治ヒトケタにかけての政争のなかで、薩長は徳川にかわって天下に号令しようとしている、としきりにいわれた。これは殿様をかついで大暴れした”志士”たちの腹の底を見事にいいあてている声と思われる。でも、そんなうまい具合にいかなかったのは当然である。世界情勢や国内情勢がそれを許さなかった。勝海舟がしきりにいったように、新しい統一国家をつくる以外に国家の生きる道はなかったからである。では、統一の機軸は何なのか。新政府の”革命家”たちはほとんど何も考えていなかった。超越的なシンボルとして万世一系の天皇を機軸にすることに思いつくのはずっとあとのことである。つまり明治十年までに国家運営の基礎はどうにか打てたかもしれないが、仏造って魂入らず、薩長が真の国家統一のための精神的権威を獲得するのは、まだ先のことなのである。本書を「幕末史」とだけ題したのはそれゆえにである。』 |
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★「幕末史」半藤一利 著 (新潮社発行 初版:2008年12月20日) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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記:2009/1/9 |