貘さん



山之口 貘 (1903-1963)
 貘さんこと、山之口貘さんは、1903年(明治36年)に沖縄で
生まれた。大正10年前後に父が事業に失敗し、その後、一家
は離散する。貘さんは、上京して、貧乏生活が始まる。毎日の
食料にも困るような生活を生涯送ることになる。そんな貘さんで
あったが、一生を詩作にささげた。一編の詩を書くのに200〜
300枚の原稿用紙を使ったという。つねに、出来あがった詩の推
敲を徹底して行なったためだ。生涯で書き上げた詩が200編あま
り。数としては非常に少ない。しかし一編々々がいい。
貘さんの詩は、自然を題材にしたものはほとんど無い。
対象は人間である。自分の気持ちを有体に表現しているのがいい。
例えば、次の詩。


 求婚の広告

 1日もはやく私は結婚したいのです
 結婚さへすれば
 私は人一倍生きてゐたくなるでせう
 かやうに私は面白い男であるとおもふのです
 面白い男と面白く暮らしたくなって
 私ををつとにしたくなって
 せんちめんたるになってゐる女はそこらにゐませんか 
 さっさと来て呉れませんか女よ
 見えもしない風を見てゐるかのやうに
 どの女があなたであるかは知らないが
 あなたを
 私は待ち侘びてゐるのです


 貘さんの娘の泉さんは、詩集の解説に次のように書いている。
時間は、父にとって、無限に自分のものだったように見える。
たった59年ぽっちの短い生涯ではあったけれど、実は、何百年、
何千年、何万年という果てしない時間を、ちゃっかり私有してい
たのではないかと、私は密かに疑っているのである。そうでなけ
れば、あの悠長な仕事ぶり、ひとつことに長いこと執着し続ける
態度、などについて、いったいどんな説明がつくと言うのであろう
か。


「精神の貴族」と仲間たちから言われた貘さん。
そんな彼に惹かれて、詩人の茨木のり子さんは「貘さんがゆく」
(童話屋)という彼と彼の詩を紹介するかわいい本を書いている。
ぼくも今、貘さんの生き方に惹かれています。


  頭をかかえる宇宙人


  青みがかったまるい地球を
  眼下にとおく見おろしながら
  火星か月にでも住んで
  宇宙を生きることになったとしてもだ
  いつまで経っても文なしの
  胃袋付の宇宙人なのでは
  いまに木戸からまた首がのぞいて
  米屋なんです と来る筈なのだ
  すると女房がまたあらわれて
  お米なんだがどうします と来る筈なのだ
  するとぼくはまたぼくなので
  どうしますもなにも
  配給じゃないか と出る筈なのだ
  すると女房がまた角を出し
  配給じゃないかもなにもあるものか
  いつまで経っても意気地なしの
  文なしじゃないか と来る筈なのだ
  そこでぼくがついまた
  かっとなって女房をにらんだとしてもだ
  地球の上での繰り返しなので
  月の上にいたって
  頭をかかえるしかない筈なのだ



出典:現代詩文庫「山之口獏詩集」(思潮社)
「獏さんがゆく」茨木のり子著(童話屋)