藤沢周平の世界
●最近公開されている黒土三男 監督の映画「蝉しぐれ」が話題になっている。市川染五郎が演じる牧文四郎、木村佳乃のおふくの組み合わせがさわやかさを演出しているのかもしれない。山田洋次監督の「たそがれ清兵衛」もそのひとつ。真田広之と宮沢りえのキャスティングも良かったのだろう、いい作品に仕上がっていた。 藤沢周平の物語は、今は廃れている日本の古き武士道の世界を描いている。いつの時代でも道から外れた人物がいて、それを正す人間がいた。そんな世界を描かせたら彼以外優れた作家が見当たらないような気がする。司馬遼太郎、池波正太郎、吉川英冶、海音寺潮五郎などもいるがそれぞれ視点が異なっている。 藤沢周平の場合、土着の武士、それも下級武士が主人公になることが多い。そのため平民に対する理解を持っている。下級武士だとは言え、上に対しては頑として自分を貫き通す強さを持っている。そんな人の姿を彼の小説を読みながら想像しているとき、いつになく清清しさを感じる。日本人の根底にあるものはこれなんだと感じる。それらの姿を見て涙し、感動するのは日本人だけではないと思うが、理屈ぬきで入り込めるのは我々日本人の特権みたいなものかもしれない。そんなの感傷的だと反論する方もいよう。それはそれで個人の自由なのだが、そういう考えの方に多く見受けられるのが、読む前から拒否していることが多い。一度飛び込んでみたらどうですかと言いたいのだが、これも無理な話なのか。 用心棒シリーズも面白いが、一茶もいい。小林一茶の話なのだが、彼の内面に入り込んでの今までにない一茶論を展開している。 映画も監督の腕によって本と対等の力をもつと思うが、本を読み進める時の個々人の想像力にはどうしても及ばないような気がする。本の読み手の心理として、興に乗ってきたときには読み進めるスピードが速くなる。ということはストーリー展開は個々人によって違うということだろう。映画と言うのは監督の読み手としての技量が問題で、どういう緩急を与えるかということは監督の腕と読みこなしにかかっている。観客は自分の意思とは関係なく、それに合わせるより仕方がない。自分としてはもっとスピードが欲しいと思っても、意思とは関係なく緩められてしまうこともある。感動は自分の感情と思慮によって作り出されるものだから、自分で読むという行為に優るものはないと思うのだ。 |
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2005/10/16 記 |
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【 藤沢周平 略歴 】 1927-1997年(享年69歳)。山形県鶴岡市生まれ。 山形師範学校(山形大学)卒業後、湯田川中学校に赴任したが、肺結核がとなり休職する。6年間の療養生活の後に業界の新聞記者となる。1963年頃より小説を書き始める。 1971年に「溟い海」で第38回オール読物新人賞を受賞。 その後、庄内藩を題材にした時代小説を多く出す。 (作品では架空の「海坂藩(うなさかはん)」としている) |