倚りかからず(茨木のり子)




 倚りかからず


 もはや
 できあいの思想には倚りかかりたくない 
 もはや
 できあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはや
 できあいの学問には倚りかかりたくない
 もはや
 いかなる権威にも倚りかかりたくない
 ながく生きて
 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目
 じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば
 それは
 椅子の背もたれだけ

「倚りかからず」筑摩書房刊より

茨木のり子さんの最新詩集が発売された(1999年10月)。朝日新聞の天声人語で紹介かれてから大きな反響を得た「倚りかからず」を含む15編の詩が収められている。
どの詩をとってもすばらしいが、「倚(よ)りかからず」が秀逸である。

1926年(昭和元年)生まれの茨木さんは山之口貘と似て、わが道を淡々と生きている。
「倚りかからず」には心の強い女性像と同時にやさしさもあふれ出ている。
他の詩集にも好きな詩がある。

 「わたしが一番きれいだったとき」
 「生きているもの・死んでいるもの」
 「りゅうりぇんれんの物語」

 「自分の感受性くらい」

など、心にひびく多くの詩を書いている。茨木さんは母の二つ下、母のイメージと重ね合わせて詩を読む。戦争が彼女たちを強くしたのかと、ふと考えてしまう。

●最近、寄居で開かれたGWANさんのライブで、岡崎佳子さん(通称カコちゃん)が「生きているもの・死んでいるもの」を歌っているのを聞く機会があった。なかなか良く、印象に残っている。


 【茨木のり子さんの作品】


1946年 戯曲「とほつみおやたち」
1948年 童話「貝の子プチキュー」、「雁のくる頃」
1955年 詩集「対話」
1958年 詩集「見えない配達夫」
1965年 詩集「鎮魂歌」
1967年 「うたの心に生きた人々」
1969年 「茨木のり子詩集」
      「おとらぎつね」(愛知県民話集)
1971年 詩集「人名詩集」
1975年 「言の葉さやげ」
1977年 詩集「自分の感受性くらい」
1979年 「詩のこころを読む」
1982年 詩集「寸志」
1983年 「現代の詩人7 茨木のり子」
1986年 「ハングルへの旅」
      「うかれがらす」(金善慶童話集・翻訳)
1990年 「韓国現代詩選」
1992年 詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」
1994年 選詩集「おんなのことば」
     「うたの心に生きた人々」
      「一本の茎の上に」
1999年 詩集「倚りかからず」


二十歳のとき終戦を迎える。そんな茨木さんの唯一の楽しみが星をみることであったという。星座早見を片手に、星空を眺める茨木さんの姿が浮かんでくる。詩集未収録作品からひとつ紹介しよう。


夏の星に


まばゆいばかり
豪華にばらまかれ
ふるほどに
星々
あれは蠍座の赤く怒る首星アンタレス
永久にそれを追わねばならない射手座の弓
印度人という名の星はどれだろう
天の川を悠々と飛ぶ白鳥
しっぽにデネブを光らせて
頚の長い大きなスワンよ!
アンドロメダはまだいましめを解かれぬままだし
冠座はかぶりてのないままに
誰かをじっと待っている
屑の星 粒の星 名のない星々
うつくしい者たちよ
わたくしが地上の宝石を欲しがらないのは
すでに
あなた達を視てしまったからなのだ
1999/12/24   2002/6/15 追加