磁力の発見史
●下敷きの上にばらまいた鉄粉を、下から磁石を近づけると磁力線に沿った模様を描くことや、磁針が方角の北をさすことなどは、こどもでも知っていることであるが、これはあくまでもそういう知識をはじめから与えられているからに他ならない。こんな知識のない時代においては、磁力ほど不思議で魔術的なものはなかったであろう。そんな磁石の発見の歴史を丹念に追った本が、ここで紹介する「磁力と重力の発見」(山本義隆著、みすず書房刊)である。著者である山本義隆さんは、ぼくの大学時代を思い出させる人物だ。ぼくの大学時代は、学生運動が一番激しいときで、いろいろな大学で学園紛争が起こっていたときである。その中でも東大紛争で思想的役割を果していたのが東大全共闘の山本義隆であった。当時から彼の物理での才能は認められていて将来ノーベル賞をもらうのではという噂まで世間に広まっていた人物である。その彼が紛争後大学院を中退して、民間の駿台予備校の講師として就職してからは、彼本来の物理への情熱を再燃させていく。そして数多くの本を世に送り出してきた。ここで取り上げた本は、大佛次郎賞などを受賞した。磁力に対する古代からの捉え方を、文学をはじめいろいろな資料から引用して当時の思想・哲学・宗教などとのかかわりをそれは丹念に追求している。科学者であれば無視してしまうような事柄にも眼を配り、そこに一筋縄ではいかない科学の発展過程を浮き彫りにしているのだ。そこには無味乾燥とした世界ではなくて人間が生きている。 この本を読みきるにはそれなりの覚悟がいる。それというのも3巻本の大部な構成もあるが、哲学、宗教などをその時代背景をも考慮しながら読み解いていかねばならないからだ。しかし、時代背景についても山本はしっかりと本の中で述べているため、読みきる意思さえあれば、これほどおもしろい物語はないのである。 ●「なぜ、磁石は鉄を引きつけるのか?」という疑問に対する飽くなき追求が語られている本書を読み進めるにつれて、先人がいかに考えてきたが明らかになる。 原子論的な要素還元主義と物活論(すべてのものには魂がある)の対立を通してしだいに経験論的実験を通しての磁力の認識に至る壮大なドラマがそこにはある。それは力がいかに伝わるかという考えの対立でもあった。力は「一瞬のうちに離れた所に伝わるという遠隔作用」と、「接触している隣から影響を受けながら時間をかけて伝わるという近接作用」という二つの考え方の対立でもある。 |
●各巻に登場する人物を列挙すると下記の通りである。 【第1巻 古代・中世】 プラトン、プルタルコス、アリストテレス、テオプラストス エピクロス、ルクレティウス、ガレノス、アレクサンドロス アイリアノス、ディオスコリデス、プリニウス、クラウディアヌス、アイリアノス アウグスティヌス、マルボドゥス、ヒルデガルト マイケル・スコット トマス・アクィナス ロジャー・ベーコン、ロバート・グロステスト ペレグリヌス 【第2巻 ルネサンス】 ニコラウス・クザーヌス ピコ・デラ・ミランドラ、フィチーノ、アグリッパ コロンブス ロバート・ノーマン、ロバート・レコード、ジョン・ディー ビリングッチョ、アグリコラ パラケルスス ピエトロ・ポンポナッティ、レジナルド・スコット、ジョン・ディー、カルダーノ、ジョルダノ・ブルーノ デッラ・ポルタ 【第3巻 近代のはじまり】 ウィリアム・ギルバート ヨハネス・ケプラー ガリレオ、デカルト、ワルター・チャールトン フランシス・ベーコン、トマス・ブラウン、ヘンリー・パワー、ロバート・ボイル ジョン・ウィルキンズ、ロバート・フック、アイザック・ニュートン ミュッセンブルーク、ヘルシャム、カランドリーニ、ジョン・ミッシェル、トビアス・マイヤー、クーロン |
【主な著書&訳書】
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2004/08/15 |