改筆


物語の設定によほど気に入った時、違う物語に同じ場面を登場させることが良くあります。山本周五郎の小説を読んでいてその場面に遭遇しました。初出は昭和7年の「だだら団兵衛」、続いて昭和47年の「山だち問答」、そして昭和53年の「平八郎聞書」。
そこに出てくる話はつぎのようなものです。

主従二人で夜中に山越えをするときに、山賊に遭遇する。山賊はすべて身ぐるみ置いて行けというのを、武士である主人は自分の勤めが済むまでこの衣裳と刀だけは勘弁してくれと頼む。勤めが済んだら、必ずこの場所に寄って、希望通りに身ぐるみ渡すからと。山賊の親分はこれはおもしろい、約束を違えるなと二人を放免する。そして勤めを果した主従が同じ山にくると、主人は山賊を大声で呼び出し、約束通りに身ぐるみすべてを山賊に渡して去っていく。そんな姿を見て山賊の親分(元は武士)は感激する。

そこからの話は3つの小説では違う結果に展開されていくが、この内容は3つの小説ですべて同じ。山本周五郎はこの武士の振る舞いに、武士としての心のありかたを見ていたのだろう。私もこの場面だけは印象深く心に残っていました。山本は「一遍の小説を構成するにさいしては、必ず、その読後感がさわやかなものでなければならぬ。悪い後味を残すような作品は書くべきではない」と言っていたといいます。山本周五郎の小説はいつもそのように構成されていて、確かに気持ちがいいのです。
2004/12/6