河合隼雄と神話



心理療法家の河合隼雄さんの著作はいつもおもしろい。難しい問題も平易なことばで表現していることもあるのだろう、読み始めるとぐいぐい引き込まれていく。いままで文庫本でもいろいろ読んだが、視点がはっきりとしているのがいい。ユングの考えを根底にして、昔話にしろ科学にしろ題材が同じでも違った見方を提供してくれる。今回の「神話と日本人の心」もそのひとつと言える。自分としては古事記、日本書紀に記された物語は、天皇の系譜の正当化の書物として嫌っていたのだが、心の奥底で何かひかれるものを常に感じていた。そこにこの本が出版された。記紀の学者的見解ではなくて、心理学の立場から記紀を改めて読み解く試みには共感を覚える。中でも河合さんが主張する日本神話の「中空均衡構造」という見解には、なるほどと感心してしまった。日本にはキリスト教みたいな「中心統合構造」はなくて、常に真中に無為の神がいて、それがうまく左右への行き過ぎを是正しているというのだ。それでいて、その神についてはほとんど語られていない。すなわち老子的な「無為」な存在なのだ。
アメノミナカヌシ、ツクヨミ、ホスセリが、三角構造の中心の神に当たる。日本人の心のあり方に今もこの中空均衡構造が働いていているのだが、最近の欧米化現象で、中心統合の動きが出てきてその弊害として今の日本経済の下落もあるのではないかと言及している。ぜひ一読をお薦めしたい一書である。

第一の三神
(天地のはじめ)
タカミムスヒ アメノミナカヌシ カミムスヒ 独神として生成
第二の三神
(天国と黄泉の国の接触)
アマテラス(天) ツクヨミ スサノヲ(地) 父親からの
水中出産
第三の三神
(天つ神と国つ神の接触)
ホデリ(海) ホスセリ ホヲリ(山) 母親からの
火中出産
  出典:河合隼雄「中空構造日本の深層」中央公論社、1982年
河合さんは、「源氏物語」や「とりかえばや物語」、あるいは仏教の問題にまで幅広い著作を続けておられる。河合さんは衰えを知らない精力的な方で、ぼくの大好きな著述家のひとりである。