小林・益川理論



ノーベル物理学賞を受賞した小林さん、益川さん、南部さんの3人について報道は、その内容にはほとんど触れずに、益川さんの英語が苦手な話やあちらでの土産品の話など本質に触れるものはなかった。確かに内容的には難しい話であるが、もっとつっこんだ内容で報道すべきであった。
ノーベル賞委員会は受賞理由を次のように述べている。

小林氏と益川氏による1972年の説明(小林・益川理論)」の重要性が科学界で完全に確認されるに至ったのは、ごく最近である。この業績に対し、両氏にノーベル物理学賞が与えられる。両氏は対称性の破れを標準理論の枠組みにそって説明しつつ、さらにこの模型が3世代のクォークを含むまで拡張されることが必須であるとした。ここで予言された新しいクォークの仮説は近年の物理実験で確認された。更に最近、2001年にこのような対称性の破れ(CP対称性の破れ)を示す、より多くの現象が米国スタンフォードのBaBar及び筑波のBelleという二つの検出器によってそれぞれ独立に検証された。その結果は、小林氏と益川氏の30年近く前の予言と完全に一致した。

 立花隆は、この問題に関して、「小林・益川理論の証明(陰の主役Bファクトリーの腕力)」という単行本を出した。これはノーベル賞が確定する遥か前に科学雑誌「サイアス」に連載されたものだ。立花隆は、じっくりと、小林・益川理論の検証という実験の詳細を語るつもりで書き始めたと言っている。ところがサイアスを出版している朝日新聞が、この雑誌の廃刊を決定してしまったため、途中で連載を中止せざるをえなかった。そのため、この単行本を出版したという事情があった。
それはともかくとしてこの理論の本質はどういうことだったのだろうか。
 「CP対称性のやぶれ」(1)は「クォークが3世代あることから生まれるだろう」(2)という予言で、二つの事柄の実験的検証にかなりの時間がかかったため、30年近く経過した後にノーベル賞を受賞したのだ。最初の(1)「CP対称性のやぶれ」は、われわれが現在この世にある理由で、これがなかったら、今の宇宙はなかったという根本的なことにかかわっている。
ビッグバンのとき、物質と反物質(物質とは反対の電荷を持っているが、そのほかは物質と区別できない)が等分にできたと考えられている。物質(粒子)と反物質(反粒子)は同じことが同じように起こる(対称性がある)と考えられていたが、現実の世界では二つの総量に変化ができ物質の世界だけが残った。これが対称性のやぶれである。そして小林・益川両氏は(1)が成り立つためには(2)の「クォークが3世代ある」ことを認めれば可能だということを言っているのだ。クォークは現在、物質の究極の元であると考えられている。昔考えられた原子に相当するものと考えればいいだろう。その後、実際にクォークが発見され、この理論構成が正しいことが証明されている。
(1)の「CP対称性のやぶれ」も実験によって証明する必要がある。それに貢献したのが、日本の高エネルギー加速器研究機構(KEK)である。立花さんの本には、同じ実験でスタンフォード線形加速器との熾烈な戦いの模様が事細かに記載されている。理論と証明実験が科学の世界では切っても切れない間柄にあって、実証あってはじめて理論が世に通用することになる。立花さんはBファクトリーというキーワードで、この世界を活写している。なかなかおもしろい本だと思う。立花さんの叙述はわかりやすく興味を引っ張っていく力を備えている。

CP対称性・・・Cは荷電共役変換(Charge Conjugation:粒子を反粒子へ変換する)、Pはパリティ変換(Parity:物理系の鏡像を作る)
 記:2009/2/9