宮崎駿の軌跡


 
   
 宮崎駿の作品はすべて見てきた。高幡勲らと一緒に関わっていた「アルプスの少女ハイジ」や「ルパン三世」時代から「コナン」、「耳をすませば」、最新の「崖の上のポニョ」までの思想的背景を綴った二つの本がある。「出発点」と「折り返し点」どちらも500ページあまりの分厚い本だ。映画の企画書、対談、講演、インタビューと幅広く今までいろいろなところで出されていたものをまとめたものだ。エンターテイメントとしてやっていかなければならないことと、自分のやりたいことのギャップに悩みながらの映画作り。その背景には常に、こどもと真摯に向き合う姿があった。これはいいことだからみんなでやりましょうとかいうことではこども達は納得しない。むしろ大人から離れていってしまう。大人としてこどもに向き合って語れる立場を貫き通すこと、これが宮崎駿のバックボーンになっている。善悪で二分するのではなくて、もともと人間には多かれ少なかれ両面を持っている。この両面性を表現することに宮崎駿はこだわっている。ハッピーエンドで物語が終わることがいいのではない。問題提起をしてそれぞれ考えてもらう。自然に対してもやさしいものが自然というものの表現ではない。自然は常に凶暴性を持っている。このことを常に頭に入れておく必要がある。トトロや魔女の宅急便、紅の豚、ラピュタなどみんなから支持される作品もあるが、意見が分かれる作品もある。もののけ姫、千と千尋の神隠し、ハウルの動く城など、その部類に入るかもしれない。しかし彼の思想が根本的に変化しているのではなく、どこまで表に出して表現するかにあると思う。もののけ姫では多くの血を見せている。こども向けのアニメではこういう場面が出てくると決まって、これはこどもには見せられないという親が出てくる。きれいな場面だけのトトロなどの世界を望んでいる。しかし宮崎駿の心の中には、こどもや大人に潜むもともと持っている残虐性を隠していたら、本当のことを伝えられないという思いがある。映画が売れるためにはきれいごとで済ませれば当たるかもしれないが、あえてこれに挑戦しているのが最近の作品と言えるだろう。
彼は言う。
こんなに先の見えない時代に生まれてくる子供達に「えらい時に生まれてきちゃったね」と言いたくなるけど、やっぱり「よく生まれてきてくれた」という気持ちの方が強いんですよね。・・・子供達に「生まれてきてよかったんだよ」と言える映画を作るしかない、それができたらいいなと思うわけです。
 記:2008/8/25