明恵・夢を生きる
明恵上人樹上座禅像・部分 (栂尾高山寺蔵) |
1173年に紀州に生まれた明恵上人(みょうえしょうにん)は、19歳 から1232年60歳で亡くなるまで、40年にわたって自分が見た夢を 書き綴っている。それを「夢記」(ゆめのき)という。 自分の夢を覚えていることすら、なかなか難しいと思うのだが、明恵 はそれを書きつけ、時にはその解釈を施している。今でいう精神分 析に通じることを、フロイトやユングより遥か昔に行なっていたのだ。 明恵の夢記については、心理療法家の河合隼雄が「明恵 夢を 生きる」と題して詳細に分析している。 また白洲正子も「明恵上人」で明恵の人となりを紹介している。 明恵の夢は、予兆的なもの、仏陀の教えに関するものなど多岐にわ たる。明恵は華厳宗を主としながらも宗派に囚われない柔軟な発想 の持ち主であったようだ。34歳の時に、後鳥羽上皇から、高山寺を まかされるが同時代の法然や親鸞とは違って、仏陀の直接の教義 を尊重したという。 河合隼雄の本を読んでいると、いつしか明恵の生き様を目の当り にすることができる。今の時代、デカルトから引き継いだ「ものと こころ」(物質と精神)の分離、二元論の上に多くの人が生きてい る。 科学がその頂点に立ち、その成果を発揮してはいるが、いまいちど 「ものとこころ」を総合的にとらえ直す時期に来ていることは多くの 人が感じ始めていると思う。これは非常にいい傾向だと思う。 ただ、今まで獲得してきた合理性を持ちながら、これに対処する必 要がある。1歩間違えると逆戻りがいいと思ってしまって、いままで 獲得してきた合理性を放棄してしまい、こころの方が大事としてしま うと、二元論の範囲を結局出ないことになり堂々巡りとなってしまう。 それでは、いっこうに解決になっておらず、こころの発展も止まってし まうだろう。 「オウム」の問題にしろ、小学生殺人の「てるくはのる」の問題に しろ、この辺の「ものとこころ」の問題を問い直す必要があるように 思う。明恵を通してあらためてそのことを考えさせられた。 そういう意味で下記の2冊は読むに値する本だと思う。 一読をお薦めする。 ●「明恵 夢を生きる」(河合隼雄著)講談社+α文庫 ●「明恵上人」(白洲正子著)講談社文芸文庫 |