無音という音


横岳

昔、山小屋にひとりで泊まったときのことである。人の気配はまったくなく、聞こえる音と言えば風の音だけ。そのうちに風も止み、音の無い世界に入り込んだ。そのとき、耳の中ですごい音が渦巻き始めた。まったくの無音には人間は耐えられないのか、それとも普段感じることの無い鋭敏な感覚が蘇ったのか分からないが、ひどい耳鳴り状態が続いた。星を見ながらのときも相変わらずシーンという耳鳴りが続いていたが、しばらくするとおさまった。今思い出しても不思議な体験で、その後、同じようなことにあったことはない。

無音状態のとき、耳は研ぎ澄まされ、自分の内部の心臓の鼓動や、血管の中を血液が流れる音、筋肉の動く音等が聞こえてくるという話を耳鼻科の先生から聞いたことがある。耳から脳に至る神経のどこかが刺激されて、こんな音が聞こえるのかもしれない。貝殻を耳に当てると海の音が聞こえたりするのも同じ類いなのだろうか?
横岳坪庭