新惑星定義の波紋



惑星は古くは、星座の間をさまよい移動していくものを意味していた。その時代には、水金火木土の5惑星が肉眼で観察できる惑星のすべてであった。望遠鏡が発明され肉眼だけでは見えなかった星々が観察できるようになって、惑星も数を増していった。そして今や太陽系の外の恒星にも惑星が発見されている。そのために惑星の定義も変化していかざるを得ない状況になってきたと言える。国際天文学連合(IAU)は、2003年の総会で次回の総会で惑星定義を議題とすることを決めて、2年前から惑星担当部会の委員19人を選び話し合いが始まった。ところが3つの案が出て話し合いがまとまらなかったためにロナルド・エカースIAU会長は、ヨーロッパ地域3名、アメリカ地域3名、アジア地域1名からなる惑星定義委員会を新たに設置する。アジア地区からは日本の国立天文台の渡辺潤一さんが選ばれて、検討を重ねてきた。定義委員会の座長には科学史家のオーウェン・ギンガリッチさんが努め、メンバーとしては天文学の専門家であると同時に一般向けの著作活動などを通して社会とのかかわりが深い人が選ばれている。


拡大像  (The International Astronomical Union/Martin Kornmesser)


今年のIAU総会で提案された「新惑星定義」は惑星を12個にする案だった。まずは8月16日の提案から見ていこう。

最初の提案:「太陽系の惑星、一気に3個増か 国際天文学連合が新定義」

2006年08月16日

 太陽系の惑星がこれまでの9個から一気に3個増え、12個になる可能性がでてきた。チェコ・プラハで開催中の国際天文学連合(IAU)総会で16日、惑星の新定義が提案されたためだ。太陽系で惑星と認定されたのは1930年発見の冥王星までの9個だが、近年、新天体の発見が相次ぐなどしたため、定義の見直しを迫られていた。新定義の採決は現地時間24日午後の予定で、承認されれば、世界中の教科書が書き換えられることになる。これまで太陽系の惑星は、歴史的経緯から地球や金星、土星、冥王星などの9個とされてきた。
 IAU総会に提案された惑星の新定義は
(1)天体が自ら球状の形を維持できる重力をもつ
(2)太陽のような恒星を周回している天体で、恒星や、惑星の衛星ではない――の2条件を満たす天体。
これには、質量が月の約150分の1、直径では月の約4分の1にあたる800キロの天体まで含まれる可能性がある。
 新定義が承認された場合、米観測チームが昨夏に冥王星よりも大きく、「第10惑星」として発表した「1003UB313」のほか、火星と木星の間にある小惑星の中では最大の「セレス(ケレス)」、冥王星の衛星とされていた「カロン」の三つが加わる。冥王星とカロンは、惑星と衛星の関係ではなく、二つの惑星が互いを周回しあう「二重惑星」とみなすことになる。
また、今後も研究の進展に伴って、惑星の新定義に該当する天体が見つかる可能性は高いと考えられている。
 IAUは2年前から、天文学者、作家、科学史家ら7人で構成する「惑星定義委員会」を設け、新定義を検討していた。天文学は古来、神話や思想、文学、占星術など人類の文化と密接にかかわり、新定義は科学にとどまらず、歴史や文化にも影響を与えるからだ。
 セレスは直径約950キロ、カロンは直径約1200キロで、「第10惑星」は直径約2400キロと推計されている。一方、2002年に発見されたクワーオワーや2003年発見のセドナは、セレスより大きいとみられるが、球形が維持できているかどうかが未確認などの理由で、今回は惑星とされなかった。IAUによると、こうした惑星候補は少なくともあと12天体あるという。
(朝日新聞)


この提案に対して反対意見が続出したために、8月24日に新たに惑星を8個とする惑星定義が提示された。


国際天文学連合(IAU):太陽系における惑星の定義

 現代の観測によって惑星系に関する我々の理解は変わりつつあり、我々が用
いている天体の名称に新しい理解を反映することが重要となってきた。このこ
とは特に「惑星」に当てはまる。「惑星」という名前は、もともとは天球上を
さまようように動く光の点という特徴だけから「惑う星」を意味して使われた。
近年相次ぐ発見により、我々は、現在までに得られた科学的な情報に基づいて
惑星の新しい定義をすることとした。

決議
 国際天文学連合はここに、我々の太陽系に属する惑星及びその他の天体に対
して、衛星を除き、以下の3つの明確な種別を定義する:

(1) 太陽系の惑星(注1)とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな質量を
    持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力平衡形状
  (ほとんど球状の形)を有し、 (c) その軌道の近くでは他の天体を掃き散
  らしてしまいそれだけが際だって目立つようになった天体である。

(2) 太陽系の dwarf planet とは、(a) 太陽の周りを回り、(b)十分大きな
  質量を持つので、自己重力が固体に働く他の種々の力を上回って重力
  平衡形状(ほとんど球状の形)を有し(注2)、(c) その軌道の近くで他の
  天体を掃き散らしていない天体であり、(d)衛星でない天体である。

(3) 太陽の周りを公転する、衛星を除く、上記以外の他のすべての天体(注3)
  は、Small Solar System Bodies と総称する。

注1: 惑星とは、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星の8
 つである。
注2:基準ぎりぎりの所にある天体を dwarf planet とするか他の種別にするか
     を決めるIAUの手続きが、今後、制定されることになる。
注3:これらの天体は、小惑星、ほとんどのトランス・ネプチュニアン天体
  (訳注1)、彗星、他の小天体を含む

冥王星についての決議
  国際天文学連合はさらに以下の決議をする:
  冥王星は上記の定義によって dwarf planet であり、トランス・
  ネプチュニアン天体の新しい種族の典型例として認識する。


訳注1:トランス・ネプチュニアン天体は、海王星より遠方にあって太陽の周りを
  回る天体で、今まで国立天文台ではエッジワース・カイパーベルト天体と表記
  してきました。
(2006/8/24決議)
国立天文台



最終的には、惑星を8個とする上の新定義が可決されたが、これに対する不満の声やら波紋は決議後も広がり続けている。新聞紙上に掲載された数々の声を聞くことにしよう。


「惑星」除外された冥王星 降格決まり脚光 教諭ら「興味持ついい機会」

2006年 8月25日 

 水金地火木土天海冥―太陽系第9の惑星だった「冥王星」が、惑星から除外されることが決まった。教科書にも載り、慣れ親しんできた惑星が減ることを寂しがる声も聞かれたが、「冥王星のことを初めて学んだ」と認識を新たにした人も。理科離れが進む中、学校教諭やプラネタリウム職員は「天体に興味を持ついいきっかけになる」と歓迎する声も出ている。
「あんなに小さい星だったとは。認識を新たにしました」。木星がスイカなら、地球はブルーベリー、冥王星は米粒…25日朝、果実にたとえて例えて惑星の大きさを比較する朝のテレビニュースを見た福岡市立和白東小の今林康治教諭(43)は「今度、この手で子どもたちに太陽系のことを教えてみよう」と思ったという。
 退職金をつぎ込んで福岡県飯塚市に天文台「大将陣スタードーム」を建てた元高校教諭の山本隆弘さん(68)は「遠くて小さい冥王星だけは望遠鏡で見たことがない惑星だった。これまで注目されたことがなかったけど話題を提供してくれた」。
 同県久留米市の県青少年科学館は、太陽系惑星コーナーにある冥王星の展示については撤去せず、表示を「元惑星」に改める。同館天文教育チームの古賀龍二マネジャーは「冥王星がこれだけ注目されるのは最初で最後かも。子どもが宇宙に興味を持つきっかけになれば」と話した。
 同県宗像市の宗像ユリックスプラネタリウムでは25日から、星座解説員が今回の決定について紹介。太陽系の惑星が8個になったことの説明板も館内に設置する。「もっと知りたいと要望があれば何らかの企画も考えたい」と言う。プラネタリウムを訪れた中学2年の女生徒(14)は「今まで太陽系は冥王星を入れて覚えていたので不思議な感じ」と戸惑い気味に話していた。

(西日本新聞)


さよなら冥王星、惑星格下げ波紋 星空ソフトやCDも

2006年 8月26日

 冥王星が惑星でなくなったことで、さっそく私たちの周りに、変化が起こり始めた。
東京都江東区の日本科学未来館では25日、太陽系惑星のコーナー横に「さようなら冥王星、太陽系の惑星8コに」という掲示板が立てられた。模型は4億2000万分の1の大きさで、冥王星の直径は6ミリ。神奈川県から来た女子中学生たちは模型を前に「水金地火木土天海」と、何度も声に出して練習していた。「順番をリズムで覚えたから何だか変な感じ」
 教科書の記載も変わりそうだ。小坂文部科学大臣は25日の会見で「大きな出来事」と話し、「教科書の記述者に通知し、必要な場合は承認申請と変更の手続きに入る」。
 星空のシミュレーションソフト「ステラナビゲータ」を製作するアストロアーツ社は、10月の発売に向けて最新版を開発中だ。責任者の上山治貴取締役は「惑星かどうかでデータが変わる。忙しいところに追い打ちをかけられたが、天文学が話題になれば、売り上げに相乗効果が期待できる」ともくろむ。
 東芝EMIは23日、ベルリン・フィル演奏のホルストの組曲「惑星」に楽章「冥王星」を加えたCDを発売したばかり。ホルストの作曲当時、冥王星は未発見で、この楽章は2000年に英国のコリン・マシューズ氏が作った。同社クラシック担当の児玉洋子さんは「今後『冥王星』を加えて『惑星』を録音することはないでしょう。貴重なCDになりました」と話す。
 米航空宇宙局は今年1月、世界初の冥王星探査機「ニューホライズンズ」を打ち上げた。9年後に冥王星へ接近する。目的地がなくなったわけではない。探査にかかわるジョンズホプキンズ大のウィリアム・ブレア博士は「冥王星は昨日も今日も同じだし、ずっとそうだった」としている。
(朝日新聞)


白雪姫と7人のこびとから声明

2006年8月26日

国際天文学連合によって冥王星が惑星から矮小(わいしょう)(ドワーフ)惑星に降格されたことを受けて、「白雪姫と7人のこびと」のキャラクターの「こびと(ドワーフ)」たちが24日、声明を出し、「ミッキーマウス」の忠犬、プルート(冥王星の意)を自分たちの仲間に迎え入れる用意がある、と発表した。
(読売新聞)


「冥王星は小天体群のリーダー」 日本惑星科学会

2006年8月30日

国際天文学連合(IAU)が太陽系の惑星から冥王星を外し、一般にも関心が高まる中、神戸大学大学院の向井正教授が会長を務める日本惑星科学会はこのほど、「『惑星の定義』が意味するもの」と題した声明文を学会ホームページで発表した。「冥王星が惑星から外されて夢がなくなったのではなく、新しいカテゴリーの太陽系天体のリーダーとなり(中略)新たな夢を切り開くことになった」。声明文は、今回の決定を専門家からみた総括といえる。(霍見真一郎)
 同学会は、1992年に設立され、研究者ら五百人を超える会員がいる。声明文では質問と回答の形式で
<1>なぜ今「惑星」の定義や冥王星の問題が浮上したのか?
<2>なぜ「惑星」の定義案が二転三転したのか?
<3>冥王星が惑星から外れた影響は?冥王星は「格下げ」されたのか?
<4>これからどうなるのか?
の4点について、分かりやすく解説する。

 <1>では、92年に、冥王星とは別の、海王星以遠の天体が初めて発見され、その後同様の天体が千個以上発見されたことを紹介。冥王星をはじめとしたこれらの天体が、ほかの惑星と軌道などが異なっていることから議論になったと解説した。
 一度は惑星を増やす方向で話し合いがされ、結局冥王星を外すことになった<2>の問題については、「二転三転したのは迷走したのでもなく、政治的思惑のせいでもなく、科学者たち全体の理解を深めるためのプロセスだった」と説明。冥王星が最終的に惑星から外れることになった経緯を整理している。
 また、<3>では「(報道でよく使われる)『格下げ』という言葉は状況を正しくとらえていない」と指摘。「新たに採択された解釈は、冥王星を『太陽系最小の惑星』ではなく『多数の小天体群を率いるリーダー』とみなす」としており、海王星以遠にある千個以上の天体で最も早く発見された冥王星は、太陽系の全体像を明らかにする新しい世界への入り口だという。
 向井会長は「冥王星が太陽系惑星でなくなって寂しい、という人々の声を、メディアは伝えているが、区分は人が作ったもの。天体自体は何も考えず同じ所を回っている。科学の進歩に合わせ、定義が変わっていくことは極めて自然だ」と話している。
同学会のホームページは日本惑星科学会

(神戸新聞)


冥王星外し、米惑星科学者団体が「改善」求める声明発表

2006年09月01日

 冥王星を太陽系の惑星から外した国際天文学連合(IAU)の定義について、米天文学会の惑星科学部会は「将来的に改善が熱望されている」とする声明(8月30日付)を発表した。冥王星の「発見国」の米国では、著名天文学者らが定義を拒否する署名をインターネット上で集めるなど、新定義への反発が表面化している。
 声明は、IAUの新定義決定の権限と、決定過程で同部会メンバーの意見が採り入れられたことを「理解している」としながら、定義にすべての点で「不明確な部分がある」と指摘。将来的に改善していくよう求めた。
 また声明は、定義は一般社会と科学者の双方が納得するものになるべきだ、との考えを提示。冥王星を惑星とした「現在の学校の教科書を捨てる必要はない」とした。
 IAUは8月24日、惑星を「水金地火木土天海」の8個とし、従来は第9惑星とされていた冥王星を「矮(わい)惑星」という新たな分類に振り分けることを決めた。冥王星は1930年、米天文学者のクライド・トンボーにより発見され、これまでは「米国人が見つけた唯一の惑星」という地位にあった。
(朝日新聞)


なお未練…米科学者ら冥王星降格「待った」

2006年 9月 3日 (日) 

 【ニューヨーク支局】国際天文学連合(IAU)が先月、太陽系9番目の惑星とされてきた冥王星を惑星から除外したことについて、米国の科学者らが抗議活動を繰り広げている。再定義を求めた請願書にはすでに約300人が署名し、一般の市民も集会に参加しており、「格下げ」への未練はなかなか消えないようだ。
 冥王星を最初に確認した米国の天文学者、故クライド・トンボー氏が勤務した米ニューメキシコ州立大学では1日、学生や職員ら約50人が抗議集会を行った。AP通信によると、参加者は「大きさは関係ない」などと書いたプラカードを掲げたり、格下げ決定に反対するTシャツを着用して反発。同氏の息子のアル・トンボーさんも姿を見せた。
 同大の天文学者の一人は、「教科書を書き換える必要はない。まだ議論は終わっていないからだ」などと主張。トンボー氏の長年の同僚も、「(同氏は)アメリカの英雄だった。その理由だけをとっても、冥王星の惑星としての完全な地位が維持されるべきだ」と話した。
 一方、科学者への署名を呼びかけたのは、冥王星に向かっている米航空宇宙局(NASA)の探査機「ニューホライズンズ」の主任研究者、アラン・スターン博士ら。博士らは、IAUの決定が約1万人の会員の5%未満の出席者による投票で決まったことに加え、IAUの惑星の定義はあいまいで科学的ではない−などとして、来年、1000人規模の再定義会議を開くとしている。
 冥王星は1930年、当時24歳のトンボー氏が発見した。第9の惑星とされたが、新たな天体の確認が相次ぎ、その1つが冥王星よりも大きかったことなどから、IAUなどで惑星の数を検討してきた。先月24日のIAU総会では、公転軌道の傾きなどを理由に冥王星を除外し、太陽系の惑星を9個から8個とすることが決定された。
(産経新聞社)


惑星とは何か?という問いには、いろいろな答えがあるだろう。最も簡単な学校で習う言葉で言えば「恒星の周りを回る自ら光らない天体」ということになると思うが、もっと専門的には新定義のような難しい言い回しが必要になるのだろう。しかし、その定義にも落ち度があるかも知れない。上の定義に従うと、地球と木星がそれに引っかかるという意見もある。
井田 茂さんが書かれた「異形の惑星」(NHKブックス)では「惑星とは、恒星ができるときに副産物として形成される原始惑星系円盤中で生まれて、恒星をまわり続ける天体である」と述べている。惑星の形成過程に眼を向ける必要があるということだ。太陽系外にすでに100個を超える惑星が発見されている現状を考えると、「惑星とは何か?」をあらためていろいろな観点から見直す時が来ていることは確かである。

2003年12月までに発見された太陽系外惑星
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記:2006/9/3