サンゴと褐虫藻



 話は古くなるが1992年、ベストセラーとなった本に「ゾウの時間、ネズミの時間」がある。生物学者の本川達雄さんが書かれた本だ。中公新書の普通だったら目立たない存在であったと思うが、理系の本として異例のベストセラーになった。体の大きさと時間の関係をいろいろの例を挙げて説明したもので、こんな見方もあるのかと感激したのを今でも思い出す。その本川達雄さんが、最近新しい本を出された。「サンゴとサンゴ礁のはなし」。内容は非常に濃いがサンゴ(珊瑚)に関してやさしく解説されている。
 サンゴは岩みたいに動かないし、いっぱい小さな穴が開いていて、これはいったい何だろうとみんな思うことだろう。海の中の枝を張ったような姿のサンゴからは植物を連想するが、サンゴはれっきとした動物である。クラゲやイソギンチャクの仲間で刺胞動物門に属している。刺胞というのは、小さな毒矢で、これを持つのが刺胞動物である。サンゴはポリプという一個の生物が小さな石灰の穴ひとつひとつに生活している。小さな家をどんどん増やして増殖していく。ポリプは自分の周りをひとつひとつ石灰の砦で囲み、ほかの生物に食べられるのを防いでいる。石灰を作り出しているのはポリプ自身である。ポリプはちょうどクラゲを逆さにしたものと思えばいい。これが石灰の家の底にひとつひとつ張り付いている。この生き物の不思議だと思ったのはポリプの中に、単細胞の褐虫藻という藻類を取り込んで共生生活をしていることだ。褐虫藻は植物なので、光合成で栄養物と酸素を作り出す。栄養のほとんどをポリプに渡しているという。さらに酸素も供給している。ポリプは動物なので当然排泄物がある。それを褐虫藻が受け取り栄養源にしている。相互に利益を共有しているのだ。こういう関係を「相利共生」という。サンゴは安全な住処にじっとしているだけで栄養も酸素もそして排泄物の処理まで行っている理想的な家と言えるだろう。
 最近サンゴの白化現象が深刻になってきている。これは、海水温が高くなり、ポリプの中に取り込まれていた褐虫藻が、ポリプから逃げ出してしまい、褐虫藻によって色づいていたものが、もともと透明なポリプが外の石灰の色を反映してしまうためらしい。サンゴも褐虫藻も温度ぎりぎりのところで生活している。そのため少しの温度変化と人間が思っていても彼らにとっては致命的なダメージを与える。褐虫藻が出て行ってしまうと、今までの栄養がもらえなくなり、しだいに衰えていく。ポリプは自分自身で獲物をとらえて栄養にすることもできるが、褐虫藻から得ていたものと比べると微々たるものだ。この状態がある期間経過すると、栄養不足でポリプ自身が生きられなくなり死んでしまう。これが世界的に起きているサンゴ死滅の姿だという。
サンゴは石の骨格を作り出し、サンゴ礁(裾礁、堡礁、環礁)を形成するが、この領域には多くの生物が共に生活している。サンゴの枝や入り組んだ形態が他の動物から命を守る役目もあるし、ポリプが粘液として排出するものをエサとして生活しているものもいる。こういった共生関係が、海水の1〜2度くらいの上昇で成り立たなくなっているのが現在の危機的状況である。サンゴを死滅に追いやっている原因には海水温の上昇とともに、生活廃水や森林の伐採による土砂の海への流出があるという。それがサンゴの上に降り積もり、褐虫藻の光合成を阻害する。褐虫藻も生きていくためには新しい環境を求めてサンゴから逃げ出すしかないのだ。人間の生活がサンゴとそれを取り巻く生き物たちを脅かしているのは間違いない。オニヒトデの異常発生によってサンゴが脅かされているのも同じ原因なのだろう。オニヒトデはサンゴの石灰部分を溶かして食べてしまう。オニヒトデが悪者ではない。今までもこの生存競争はあったが、バランスがとれた状態で進行していたため問題はなかった。しかしオニヒトデが異常に多く発生してサンゴを食べつくすためにサンゴの再生が間に合わないのだ。
 本の中で本川さんは、「南の時間はゆったりと流れる。機械を使えば便利だが、そんなにどんどんやってしまうと時間ばかりが早くなり、体が追いつかなくなってかえって不幸になる。・・・
車もコンピューターも携帯電話も、すべて時間を早めるものと言えるだろう。そうして、これらをつくるのにも使うのにも、莫大なエネルギーがいる。もっと時間をゆっくりすればエネルギー消費量が減り、地球温暖化も止められる。非人間的な時間からも解放される。本当は、少々不便で時間がかかった方が、人間らしい時間で生きていけ、しあわせへの道ではないだろうか。」と言っている。沖縄の人たちは持っているものが少々少なくても「なんくるないさー」(なんとかなるさ)と、明日の暮らし向きにおびえをもたないらしい。こんな生き方がこれからは必要になるということだろうか。
 記:2008/8/22