屈折式と反射式
         
 17世紀はじめに登場した筒眼鏡(望遠鏡)によって、宇宙への扉が開いたと言える。肉眼だけでは見ることのできなかった月のクレーターや、木星の衛星などを目の当たりにして人間は新しい宇宙像を求めて果てしない旅についたばかりだ。ガリレオ式の利点は像が逆さまにならないことだが、最大の欠点は、前にも述べたように高い倍率が出せないことだった。高倍率にすると、見渡せる視野が極端に狭くなり、実用にならなかった。まずは、その改良から物語が始まる。

ケプラーケプラー(1571-1630)

 ドイツ生まれのヨハネス・ケプラー。彼が、その欠点を取り除く方法を考えつく。1571年に生まれたケプラーは、ガリレオより7年遅く生まれて、22年早くこの世を去っている。ガリレオが78歳の長命であったのに対して、ケプラーは59歳で亡くなっている。ケプラーは、29歳の時、デンマークの天文学者ティコ・ブラーエの助手になるべく、1600年1月1日にプラハに向けて出発した。しかし翌年の10月にティコ・ブラーエは亡くなってしまう。だが、ブラーエの残した惑星の位置観測データは莫大であり、正確でもあった。ティコ・ブラーエは、鋭眼を持った根っからの観測家だったのだ。ケプラーはティコ・ブラーエが残したデータを解析して、今日「ケプラーの三法則」として知られている惑星の運動に関する法則を見つけている。彼はプラハ滞在中に望遠鏡の研究を行ない、接眼レンズ(眼に近い方のレンズ)に凸レンズを使うことを考えつく。ガリレオ式が凹レンズであったのを凸レンズに変えたのだ。この形式にすると高倍率にしてもガリレオ式ほどには視野が狭くならない。しかし像が逆さになってしまう欠点を持っていた。天体観測に使う分には、その欠点も苦にはならない。これ以後、レンズを用いた望遠鏡、「屈折式望遠鏡」は、ケプラー式で作られていくことになる。

 さて、望遠鏡の倍率は、対物レンズ(物体側の大きなレンズ)の焦点距離が長く、接眼レンズのそれが短いほど高倍率になる。屈折式で当時一番問題になっていたのは、像に色の縁取り(色収差という)ができて、解像力を落としていることだった。色のにじみは、高倍率にするほど顕著だ。これを逃れる唯一の方法は、対物レンズの焦点距離を長くすることだった。そのため、17世紀後半には、全長が30m、40m、中には60mを超えるような長焦点望遠鏡まで出現した。

 
17世紀の長焦点屈折望遠鏡

 一方、プリズムの実験から屈折式の欠点を見ぬいていたイギリスのアイザック・ニュートンは、反射の性質を利用した望遠鏡を1672年に考えつく。凸レンズの代りに凹面鏡を使ったものだ。
ニュートン(1642-1727)

当時はまだガラスにメッキをする技術がなかったため、銅とスズの金属合金を磨いて鏡を作った。磨いたばかりの反射鏡でも、反射率は50%くらいで光の半分は失われてしまい、さらに成分の銅が錆びて反射率はしだいに落ちていった。そのため、時々磨き直さなければならなかった。光の利用効率はあまり良くない。しかし、望遠鏡のコンパクト性と、色がにじまない性質は、その欠点にもかかわらず有用性という点で屈折式を超えていた。さらに彼のアイデアのいいことは観測しやすさを追求したことだ。凹面鏡からの光は焦点に光を結ぼうとするが、その直前に平面鏡を45度の角度に置いて、光を真横に曲げてやった。
筒の横からのぞけるようにしたのだ。鏡の反射を利用したこのニュートン式は、色のにじみがなくシャープな像になるので、筒の長さを屈折式みたいに無理に長くする必要がない。ニュートンが作った望遠鏡は、全長が30cm足らずの短いもので、その性能を発揮した。コンパクトで扱いやすいため、現在でもアマチュア用の望遠鏡にこの形式が用いられている。

ニュートンが作った望遠鏡?


 ニュートンは1668年と1671年に反射望遠鏡を作っているが、写真の望遠鏡は、どうも1766年にヒース・アンド・ウィング社という模型製作所が作った模造品で、実際のニュートンが作ったものと違うらしい。大きさもひとまわり大きくて、望遠鏡を支えている球状の形はもともとは無かったらしいのだ。ニュートン設計の本物よりも素敵なデザインなのだが、今でもロンドン王立協会がこれを保有しているという。さて真偽のほどは?

 屈折式が天体観測の表舞台に再登場するためには、ドロンド父子によって「色消しレンズ」の特許が取られる1758年まで待たねばならない。色消しレンズ(アクロマート)は、屈折率の違う2種類のレンズを組み合わせたもので、普通はクラウンガラス(窓ガラスや眼鏡に使っていた)の凸レンズとフリントガラス(食器や装飾用などに使っていた)の凹レンズの組み合わせで作られている。色消しレンズが発明されるまで、実に1世紀を要している。色消しレンズの発明によって、屈折望遠鏡の全長は従来の1/10〜1/20の長さで済むようになる。10mの望遠鏡がたった1mになるのだから、その発明の有用性は明らかだろう。それまでは反射望遠鏡全盛時代であった。
 
 現代の屈折望遠鏡