父が遺した星の歌
★★父(利博)は短歌が好きだった。自分の気持ちを五七五七七の中に詰めこんだ。歌の世界には縁のない自分でも、 これらの歌を口ずさんでみると、その情景がよみがえってくる。 ★★ |
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月の石とて変哲もあらざれば 思考如何にもなりてたのしき |
ハレー彗星 (1986/4/11) |
月面の試歩のあやふさ見しわれの 庭木に水をやる跣足にて ------------------------------------------------ 人類がはじめて月面を歩いた姿をテレビで見たときはいたく感動 したのを覚えている。 父は跣足(はだしの意)で地球の感触を味わっている。 |
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東京の今宵あるべき星空を プラネタリウムに入りて見惚るる ------------------------------------------------ 東京には確かに星空は無くなってしまったが、昔見た星空をプラ ネタリウムで懐かしむ。 |
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火星にも海はなかりき夜を覚めて 生命たしかに潮騒を聴く ------------------------------------------------ 火星探査機「バイキング」が火星の姿をとらえた。砂漠のような 世界に比べて、何と地球のすばらしさよ! 生命(いのち)のありがたみを感じる。 |
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ハレー彗星夢にやさしくかがやきて われの齢に遠ざかりゆく ------------------------------------------------ 1985年〜86年にかけてハレーフィーバーが世界中に巻き起こった。 76年後に再びその勇姿を見せてくれることだろう。 4月11日に地球に最接近したが、奇しくも私の誕生日でもあった。 |
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金星食(1989/12/2) |
街の灯に慣れし驕りを慎しみて 金星食に身をさらしけり -------------------------------------- 三日月に金星が隠される姿はまだ眼に焼き付いて いる。これを見て天文に興味を持ちはじめた人が数 多くいた。 |
米・ソ首脳のマルタ会談些事として 金星食のはじまらむとす |
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三日月にしたたるごとく金星の かがやきいづる食の終わりて |
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寿限無寿限無わが長命の帳尻に鎮守の森は消えてしまいぬ 父は病院のベッドの上で、母に筆記させながら最後まで歌を読み続けた。 我がひとり生くる支へに幾ばくのひとらの顕ちてのぞく面影 痩せ果てて病む我を訪ふ善意とておやめ下され申し訳なし 億光年星の宇宙にいくばくの病ひかかへて我いのち生く 妻の励まし我の余命を支えつつ金婚式を目睫に生く ------------------------------------------------------------ 目睫(もくしょう)は目前の意。 金婚の夢は名もなき古寺の前の茶店にみどり浴びたき 幼な児のごとく甘へて死にたしと泪かくして妻を目に追ふ 柿若葉日々の視界に日々ゆれて・・・・(絶句・聞きとれず) ------------------------------------------------------------ 大正五年五月五日生まれの父は、中学生くらいから75歳で逝去するまで歌が 人生であった。平成三年五月六日、律儀にも誕生日の翌日に亡くなっている。 父の歌をあらためて読み返してみて、自分の中に流れている父から受け継いだ ものを感じている。 |
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