天文書に明け暮れていたころ
(七夕の寄せて)


現代天文学辞典
大学の3年に入ってしばらくしたとき、物理学科で良かったんだろうかと悩むようになった。僕の頭の中に眠っていた天文に対する興味が表に出ようと、もがいていた。本当に天文がやりたいのか試してみたかった。そして親には告げずに一年間休学することを決意する。朝になると何事もなかったかのように、いつも通り家を出る。地下鉄丸の内線で国会議事堂前で降りる。向かう先は国立国会図書館だった。大学受験時分にもたびたび足を運んだ場所だった。黙って机に向かって勉強する分には静かで便利な所であるが、本を借りるにはいちいち図書カードで探して受付カウンターに申し込みをしないと見ることができない。そんな環境であっても、蔵書数では抜群だった。雑誌から希少本まで幅広く取り揃えていた。こうして読書三昧の日々が始まった。

新天文学講座 面白そうな天文書があれば片っ端から借りて読んだ。恒星社から出ていた「新天文学講座」(左写真)は中でも参考になることが多かったので自宅にも買い揃えた。荒木俊馬氏の800ページにも及ぶ「現代天文学辞典」(右写真)を隅から隅まで読み通した。学校の英語は楽しくなかったが天文の洋書は面白かった。恒星の内部構造を論じた洋書を一冊まるごと翻訳してノート(左下写真)にしたこともあった。必要があれば論文のコピーも取ったりした。本を読んでいると必ず、参考にした書籍の名前が巻末や欄外に出ている。それを頼りに次の本を借りるという「芋蔓(いもづる)式読書法」だった。専門書の文献などにも眼を通した。親に対して申し訳ないという引け目があったが、好奇心の方がはるかに強かったのだ。

 天文学と言っても分野は広い。宇宙論、恒星、銀河、星雲、星団、惑星、太陽、彗星、流星など。まずはすべてを概観したかった。天文書を読む合間に「トムキンスの冒険」などで知られているガモフ全集(全12巻:右写真)や湯川秀樹、朝永振一郎、アインシュタイン、ハイゼンベルグ、パウリなどの本を片っ端から読み、物理の面白さにも改めて眼を向けることができた。ガモフはビッグ・バン宇宙論を初めて展開した人でもあった。時間だけはたっぷりとあった。賢治の詩・童話や野尻抱影さんの星座巡礼、星に関するエッセイなどなど。W.H.オーデンの詩や大江健三郎の小説では考えさせられることも多かった。大江氏の「見る前に跳べ」の中に自分の今の心境を言い当てていることばがあって共感したのを覚えている。その言葉は次のオーデンの詩であり、大江氏はLOOKと LEAPを入れ替えた題名をつけた。


  "LOOK BEFORE YOU LEAP"

The sense of danger must not disappear:
The way is certainly both short and steep,
However gradual it looks from here;
Look if you like , but you will have to leap.

危険の感覚は失せてはならない
道はたしかに短い、また険しい
ここから見るとだらだら坂みたいだが。
見るのもよろしい、でもあなたは跳ばなくてはなりません。
(深瀬基寛訳)


 この読書三昧の日々ほど、勉強ってこうするもんだと自覚したことはなかった。充実した一年が過ぎてみると満足感でいっぱいであったが、進級をどうするか決断に迫られるのもわかっていた。親にばれないはずはなかった。あるとき大学の友人から家に電話がかかってきて、来年はどうするんだと心配していた。そんな様子を母親は目ざとく見ていて何となく気づいたようだった。事後承諾ではあったが有難いことに両親は僕のわがままをすんなりと認めてくれた。大学だけは卒業してほしいという両親の要望もあって、再び大学生活に戻ることに。夢の世界は過去のものとなり現実に引き戻された。それでも何とか卒業まで辿りつくことができた。休学中の一年間は今までの中で一番勉強した時期だと今でも思っている。あのときの一年間は決して無駄ではなかった。翻訳ノート望遠鏡の会社ではそのとき得た知識を観測会というイベントや製品開発に生かすことができたし、その後の人生にも光を与え続けてくれたと思っている。その後、結婚し子供が4人できて親となったとき、子供に接するという逆の立場がやってきた。子供に接するそんな時、「寄り道も悪いものではないよ」と、言葉には出さずとも心の片隅では常に思っている。必死になって遊ぶことができること、物事に打ち込めること、これが勉強以外の何物でもないと思う。遊ぶことで自然と身につくことの方が学校で習うことより多いと思っている。そうして身についたものは一生忘れることがない。自転車の練習とまったく同じだ。好きこそものの上手なれ。その通りだと思う。自分の進む道は自分で納得して見つけてほしい。親は子供がどの道を選択するかには口出しすべきではないと思っている。苦しくても自分で見つけてほしい。見つけたときほどうれしいことはないのだから。

 5日には北朝鮮が日本海に向けて7発のミサイルを撃ち込んだ。沖縄には台風3号が早くも近づいている。今日は七夕。里芋の大きな葉にたまった朝露を集めて墨をすり短冊に願い事を書くことは無くなったが、年に一度の願いが叶うとき・・・。子供達はどんな願いをお星様に祈ったのだろうか。そして大人たちは今・・・。
記:2006/7/7