日常の科学



私の仕事はデスクワークが多い。パソコンに向かって3D・CADソフトを使って望遠鏡関連の設計図面を書いたり、レンズの光学設計をしたりするのが日常業務になっている。そんな生活に浸りきっているといつのまにか目の前の現象に無頓着になり不思議に思ったり、興味をわかすということが少なくなってしまうことが多い。
そのために休日にはできるだけ外に出て植物に触れたり鳥見をしたり、あるいは星を眺めたりするようにしている。
一服の清涼剤として寺田寅彦の随筆を読んだりするのもそのひとつだ。何しろ彼は眼にするものすべてに異常なほどの愛情と興味を示すのだ。普段だったらこんなことと思われることに疑問を持つ。そして、それを科学的に考え始める。おもしろいところでは「金平糖の角の研究」なんてものもある。彼の弟子に中谷宇吉郎がいるが、雪の結晶の研究で知られている。低温物理学の分野を開拓した人だ。ささいなことから出発してひとつの新しい学問を作り出す、そんなことをやってのけたのが寺田寅彦だ。今、家にある全集は義父から譲り受けたもので、目次を眺めてはおもしろそうなところを探して読んでいる。別に科学に限ったことではない、日常の人間関係の話や、ぶらりと出かけた町の風物を随筆として書き残しているのでいたって気軽に読める本なのだ。
寺田寅彦は詩心と科学精神を一体化した作品を数多く残しているが、その範囲は広く、文学・美術・映画等の評論まで及んでいる。
「天災は忘れた頃にやってくる」は寅彦の言葉とか。
2005/10/8 記

【 寺田寅彦 略歴 】
1878−1935年
東京都麹町区(現在の千代田区)で誕生、その後、高地市に転居。
生年月日(1878年11月28日)が寅年寅の日であったことから、寅彦と命名される。
熊本第五高等学校の時に英語教師の夏目漱石、物理学教師田丸卓郎と出会う。
夏目漱石の門下で随筆や俳句が巧みで、筆名は吉村冬彦。
漱石の『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルとも言われる。
東京帝国大学(今の東大)教授、地球物理学専攻。理化学研究所研究員。
気象物理、水産物理、地震研究、航空物理などの分野で足跡を残す。