月に始まる



夜空を見上げた時、誰でも一度は眼にするものは月である。これは太古の昔から変わらないであろう。暗闇に明かりを灯してくれる月は太陽よりも有難かったかもしれない。表面の模様を女性の横顔に見たてたり、ウサギの餅つきとしたり様々であるが、これも月に親しみを覚えていたからだろう。弓張月、宵待月、満月、十六夜,立待月、居待月、寝待月、更待月、有明月など月齢に応じた呼び名があるが、和歌・短歌・俳句という表現形式を持つ日本人は月に独特の思い入れを持っていたということだろう。
 地球の自転は日の単位を与え、月の満ち欠けが月という暦の単位を作りだした。さらに地球の公転が年という区切りをつけた。われわれの生活は天体と確かに結びついている。

 僕が月に初めて興味を覚えたのは小学生のころだった。空にぽかんと浮かんでいるのが不思議でならなかった。何で地球に落ちてこないのだろうか。夜道を歩いていて月がいっしょについてくるのも不思議だった。同じことを我が子も感じていたらしくこんな詩を書いている。小学校2年のときの次女の詩だ。

   ほし と つき
               
  ほし と つきは
  なんでうごくとついてくる
  とまっているひとには
  ほしがついてこないように
  見えるのに
  なんでかな なんでかな
  わからないよ
  しりたいな!

 望遠鏡で月を初めて見たのは高校に入ってからだった。自分で組み立てて作るコルキットという口径4cmの屈折望遠鏡だったと思う。月のクレーターや海がよく見えていたが、観測するのは大変だった。微動ハンドルもない架台だったのですぐに視界から見えなくなってしまう。地球の自転って意外に速いんだなと恨めしく思ったものだった。日没のときに太陽が想像しているよりも速く沈んでいくと感じた人も多いと思うが、地球の自転を経験するのに望遠鏡が意外にも役に立ったのだ。倍率をかけたおかげで、動きが拡大されるためだ。
当時、月以外の天体がどこにあるのか皆目わからなかった。星座はいくらか覚えたが惑星がどこに見えるかは見当がつかない。明るい星とみれば望遠鏡に入れてみるが点より大きくは見えない。惑星ではなく恒星だった。天文雑誌が出ていることを知ってからは惑星の位置もわかるようになり、木星や土星も探せるようになった。それでも小さな望遠鏡では月より見栄えのする天体はなかった。
 天体観測は「月から始まりそして月に帰る」とよく言われる。月が初心者向きの天体であると同時に探れば探るほど奥深い観測対象であることがわかってくる。未だに月探査計画があるのは、もっとも身近な天体から得る事が多いからだ。大気や水によって風化や侵食されている地球表面とは違って、月では太古の歴史をそのまま留めている可能性がある。月を調べることによって過去の地球の様子を知ることができるのだ。探査機によって持ち帰った月の石が騒がれた所以でもある。


  月の石とて変哲もあらざれば
         思考如何にもなりてたのしき


  月面の試歩のあやふさ見しわれの
         庭木に水をやる跣足にて
     (父の歌集より)
 
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    *跣足(せんそく)・・・はだし。すあし。跣(はだし)


 皆既月食。地球の影に月が入り込むことによって起こる天文現象。赤銅色に輝く月はいつもと違う表情を見せる。月食を実際に見た人は理解できると思うが、月食のときほど月が球体であり空に浮かんでいることを意識させる現象はないと思う。煌々と輝く満月はのっぺらぼうでお盆が空に張り付いているようにしか感じられない。それが月食の時は縁と中央で適当な明暗の差が眼で見てわかるくらいになるため立体感が増すのだ。皆既中の赤い色は、太陽の白色光が地球大気を通って屈折散乱されて残った最後の色なのだ。それが月を照らしている。そのため月が地球の影のどの場所を通過するのか、あるいは排気ガスなどの公害や火山噴火による大気の汚染具合によって、ほとんど見えなくなってしまうこともある。月食観測は環境破壊のバロメーターでもある。

 月と太陽の見かけの大きさがほとんど同じというのは偶然にしては出来過ぎているように思えてならない。太陽は月の約400倍の大きさである。地球から太陽までの距離は地球から月までの距離の約400倍ある。そのため見かけ上同じ大きさに見えている。これは神の成せる業とは言わないが自然が作り出す不可思議な一面と言えるだろう。地球上で人間以外こんなことに興味を示す生き物はいないだろう。日食のときに特に感じる。まるで人間にスペースオペラを見せるために特別な舞台仕掛けを作ったとしか思えない。
記:2006/7/12